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東京地方裁判所 平成4年(ワ)127号 判決 1992年10月27日

主文

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

主文第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

一  原告の請求

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  事実関係

1  事案の概要

原告は、現在刑事被告人の立場にあるが、一貫して無実を主張している者であり、被告は、我が国有数の日刊新聞の発行等を目的とする株式会社であって、日刊紙「夕刊フジ」を定期的に発行している会社である。本件は、夕刊フジの記事が原告の名誉を毀損したことを理由として、原告が被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求する事件である。

2  争いのない事実

被告は、前記のとおり、日刊新聞の発行を目的とする株式会社であり、日刊紙「夕刊フジ」を定期的に発行している会社であるが、昭和六〇年一〇月二日付け同紙第一面に「甲野は極悪人、死刑よ」とのタイトルの記事(甲第一号証。以下「本件記事」という。)を掲載し、これを発行した。本件記事の本文中には「この元検事にいわせると、甲野は、『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。」との記述もある。

3  原告の主張

本件記事が掲載された当時、原告は刑事事件で逮捕され単に取調べを受けていただけの者であるが、被告は、何ら具体的な根拠を示すことなく、Aという一個人の所感でしかないのに、あえて本件記事において、「甲野は極悪人、死刑よ」と大きくタイトルを付した上、本文中に「この元検事にいわせると、甲野は、『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。」との虚偽の記事を掲載した。右記事により、被告は、原告を侮辱・誹謗し、その社会的評価を低下させ、原告の名誉を著しく毀損した。右行為の違法性は高く、被告の責任は極めて重大である。これによって原告は多大の精神的苦痛を受けた。その損害は金五〇〇万円を下らない。

三  争点

1  本件記事の内容は原告の名誉を毀損するものであるか否か。

2  本件記事のタイトルがAという一私人の予測、感想を内容とする場合に、被告は右タイトルを含む本件記事について責任を負うか否か。

四  争点に対する判断

1(名誉毀損の成否)

(一)  被告が日刊新聞の発行を目的とする株式会社であり、日刊紙「夕刊フジ」を定期的に発行しており、昭和六〇年一〇月二日付け同紙第一面に「甲野は極悪人、死刑よ」とのタイトルの本件記事を掲載し、これを発行したこと、右記事の本文中に、「この元検事にいわせると、甲野は、『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。」との記述があることは、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実、甲第一号証、証人原口順安の証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  本件記事は、原告が妻Cに対する殺人未遂の容疑で逮捕、勾留され、その勾留期間が満了する直前に書かれたものであって、その内容は、原告と交際していたことのあるAのコメントからなる前半部分と捜査状況等に関する後半部分の二つからなっている。前半部分は、前記タイトルのほか、Aのコメントとして、原告が極悪人で自供したらきっと死刑であり、今は棺桶に片足を乗せているようなものである旨の記述があり、さらに続けて、A嬢がこのように言い切る根拠として、記事は、原告がAに対して、逮捕される直前、仕事とかお金に関して、「こんなこと私に話してもいいのかしら」と奥さんのBさんにも話してないようなことを話したこと、その具体的な内容はノーコメントであるが、「警察に呼ばれたら話す」旨Aが非常に意味深長なことを述べていることを挙げる。

(2)  本件記事の後半部分は、捜査状況等を内容とするものであるが、要するに、原告が否認し続けていること、警視庁の幹部は、「甲野は自供しないかもしれないということを前提にして捜査を進めてきたので調べに支障はない」としているが、原告のしたたかさに内心舌打ちしている捜査員も少なくないこと、かって吉展ちゃん誘拐殺人事件の犯人小原保の犯行自供に間接的に係わった東京地検の元検事に言わせると、原告は「知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ」であること、同検事は「甲野の弱点を探り出すこと。甲野は何人もの女性を渡り歩き女性に自信をもっているはず。いまヤツの唯一の心の支えは女房だろう。女房に甲野を裏切るように仕向ける。裏切ったとみせかける。『女は簡単』の自信が崩れ、大変なショックだろう」と述べている旨の記述がある。

(3)  本紙はいわゆる全国紙であって、当時およそ一〇〇万部が発行されていた。

(二)  右認定事実によれば、本件記事は、原告が妻Cに対する殺人未遂事件の犯行について、したたかに否認を続けているが、極悪人、凶悪人であって、死刑が相当の人物であり、Aは原告から右犯行に関する事実を聞いてその内容を知っている旨を示唆するものといえる。そうすると、本件記事は、これを読む一般読者に、原告の極悪・凶悪性を印象付け、原告の社会的評価を低下させ、もって原告の名誉を毀損したものということができる。

(三)  被告は、本件記事について、一私人の予測、感想を掲載したものにすぎず、これを読む一般読者が直ちに真実であると認識することはあり得ず、原告に対する名誉毀損は成立しないと主張する。しかし、証人原口順安の証言によれば、本件記事は、被告会社において、数人の報道部記者が集めた取材結果及び資料調査の結果等に基づいて一つの記事にまとめ上げ、整理部で独自のタイトル等を付して掲載したものであることが認められる。そうすると、他に発表ずみの記事を単に引用したにすぎない場合と異なり、本件記事の内容に関し被告において責任を負うべきものであることは明らかである。被告の右主張は採用できない。

2(損害)

前記認定に係る本件記事の内容、タイトルの体裁とその内容、本紙の発行部数等、本件にあらわれた一切の事情を合わせ考えると、原告が本件記事の掲載によって受けた精神的苦痛等に対する慰謝料としては金一〇〇万円をもって相当というべきである。

3(結語)

よって、原告の請求は、被告に対し金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年一〇月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

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